第2話「パトラの憂鬱」
「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」の第2話が放送されました! 1984年の渋谷・八分坂に生きる人々の、夢と現実、そして「生活」が深く描かれた回でしたね。第1話の熱狂から一転、ストリップ劇場の厳しい現実が突きつけられます。それでは、第2話のあらすじと、私の感想を交えながら振り返っていきましょう!
あらすじ(ネタバレあり)
劇団を追放され、ストリップ劇場「WS劇場」に流れ着いた演出家の卵、久部三成(菅田将暉)。彼は、閑古鳥が鳴くこの劇場でシェイクスピア劇を上演するという、無謀な夢を倖田リカ(二階堂ふみ)に語りますが、相手にされません。
「WS劇場」は、風営法の改正によりストリップショーの規制が厳しくなり、以前の熱狂が嘘のように寂れていました。この日のショーの客席も閑散としており、ダンサーのパトラ鈴木(アンミカ)のステージもまったく盛り上がりません。
金に困っていた久部は、ひょんなことから劇場で**法被(ハッピ)**を着て、パトラのショーのピンスポ(スポットライト)を担当することになります。久部はプロの演出家として、パトラのショーに助言をしますが、それがパトラのプライドを傷つけ、二人は衝突してしまいます。
一方、パトラは後輩ダンサーたちからも頼られ、面倒を見ている姉御肌ですが、生活は苦しく、劇場の衰退を肌で感じていました。彼女のショーの不入りは、彼女の心の不安を映し出していたのです。
久部は、リカや放送作家の蓬莱省吾(神木隆之介)、巫女の江頭樹里(浜辺美波)らとの会話を通じて、パトラが抱える苦悩、そして彼自身もまた「舞台」に立つことに飢えていることに気づきます。そして、久部はパトラに「あなたの舞台は、もっと輝けるはずだ」と、演出家として真正面から向き合おうと決意します。
そして、久部の演出によって、パトラのショーは見違えるように輝きを取り戻すのでした。久部は、ここ「WS劇場」を自分の新たな舞台にすると、改めて心に誓うのでした。
第2話の個人的な見どころと感想
「プロの仕事」と「生活」の狭間で
第2話は、アンミカさん演じるパトラ鈴木に焦点が当たった回でした。陽気でタフに見えるパトラが、劇場の不入りに落ち込み、生活の苦しさに直面している姿は、見ていて胸が締め付けられました。
夢を追いかける久部と、生活のために踊るパトラ。二人の間には一見、大きな隔たりがあるように見えましたが、久部が「プロの演出家」としてパトラと向き合い、彼女のステージを輝かせたとき、二人の間に確かな「舞台人」としての共感が生まれたように感じました。特に、久部が法被姿でピンスポを当てているのがシュールで良かったです(笑)。
蓬莱省吾と久部の不思議な関係
神木隆之介さん演じる蓬莱省吾が、今回も久部三成の姿を観察するように見つめていましたね。ジャズ喫茶「テンペスト」での、久部と蓬莱、そして巫女の樹里ちゃんの会話が、まるで舞台のワンシーンのようで素敵でした。
久部の暴走を冷静に分析しながらも、どこか彼に惹かれている様子の蓬莱くん。彼の視点こそが、このドラマのテーマである**「もしもこの世が舞台なら」**という設定を、視聴者に提示しているように感じます。彼がこれから、久部の演劇にどう関わってくるのか、放送作家としての手腕を見せてくれるのか、楽しみです!
昭和の「熱」と「風当たり」
1984年の渋谷という時代背景が、単なるノスタルジーで終わっていないのが、さすが三谷脚本です。風営法の改正という「世間の風当たり」が、劇場という夢の場所を容赦なく襲う。この厳しい現実が、久部たちの情熱をより際立たせています。
久部が「WS劇場」でシェイクスピア劇をやるという夢は、実現するのでしょうか? それとも、また新たな「不条理」に直面するのでしょうか? 次週も、この熱い若者たちの奮闘を見届けたいと思います!
内部リンク
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